174 名前:[sage] 投稿日:2007/11/13(火) 22:57:32 id:inBJFWjE0 (PC)
「はあ、今日も味気ない一人のお昼。さすがに心の隙間風を感じるわ」
誰もいない事務所を見回し、小鳥はため息をつく。
「我ながら味も見た目も言うこと無し。絶対にいい奥さんになると思うんだけど。
 結婚式の招待状は三通も届くし。このまま払うだけとか・・・・・・うう、怖い未来を考えない。明るい未来だけを考える」
さすがに自分の考えに恐ろしくなる。最悪の未来は独身のままで友人の娘をアイドルとして迎えること。
おかずを口に運びながら、話し相手にポーチから自作の小さな人形を取り出す。
我ながら似てると思う。小さなデフォルメされた男性の人形。モデルは・・・・・・彼。
「プロデューサーさん、小鳥も兎と同じで寂しいと死んじゃうんですよ」
『そんな、小鳥さんが死んだら、俺も生きる目標を失いますよ』
「それなら私の相手もして下さい。せっかく休みを同じ日にしたんですから」
『え、小鳥さん。それって』
「もう鈍感さん♪ 事務員が平日を休みにするのは大変なんですよ」
空になった弁当箱を片付け、人形を指で突きながら、声色を変えて会話する。
恋する少女みたいと思うが・・・・・・まさかこの年齢で同じ想いをするとは。
友人は簡単に恋人を作っているので自分も、と思っていたが・・・・・・
同じ職場であることを除いてもここまで・・・・・・。
(私はそんなに器用じゃないからなぁ)
気持ちの切り替えと決心が遅いことは知っていた。
それにしても入社した頃は頼りなかった彼が敏腕プロデューサーになろうとは。
彼の入社当時、周囲にいた女性は自分だけだったが、今では魅力的な娘に囲まれている。
好物は最後に取っておく自分に絶望を感じたのは初めてだ。そして、可能なら最後になって欲しい。
「私だって、あなたが好きなんですよ。
 確かに今の私は彼女たちのように日の当たる場所に立っていませんし、輝いてもいないと思います」
言いながら思う。それでよかった、と。あの場所は本当の自分ではなく、音無小鳥を演じ続ける場所。
アイドルの語源は幻影や虚像と言う意味らしい。私は幻なんかじゃない。私はここにいる。あなたのすぐ側に。
「私はアイドルとしてでなく、音無小鳥としての自分を見て欲しい」
目を瞑り、ゆっくりと自分の想いを確かめながら言の葉を綴る。そのまま一緒に過ごした時間を思い出す。
前半は二人だけで過ごした時間が多かったが後半は自分以外の女性の姿が映る。想いと言う名の鳥が蹲り、空へと飛び立つのを躊躇する。
(でも、私は彼と一緒にこれからの時間を歩みたい)
自分の想いを再確認して、胸元に人形を抱きしめる。
「プロデューサーさん、私は」
「あ、小鳥さん、何か呼びましたか?」
「ひゃぁぁ。ぷ、プロデューサーさん?」
想いを口にしようとした瞬間、横から声がかかる。咄嗟に人形を胸元に隠した自分を誉めておく。
「は、はい、そうです」
「あはは、驚かせちゃいましたね。ちょっと考え事をしてました。お帰りなさい♪」
聞かれてなかったことに小鳥は安堵する。
聞かれていたら・・・・・・もう大勝負に出るしかない。
「はい、ただいま戻りました。あ、これ、今回の領収書」
お土産と一緒に出される紙の束を受け取る。小鳥の好みを知っている彼のお土産にハズレはない。
「ありがとうございます。何時もこれくらい早いと助かるんですけど♪」
「すいません。ついつい目の前の仕事を優先してしまって」
小鳥の言葉に彼は苦笑しながら鼻の頭をかく。新人時代からの彼の癖だ。
「あ、お詫びと言っては何ですけど、小鳥さん、明日空いていますか?」
「ええ、空いていますよ。もしかして、デートのお誘いですか♪」
お誘いの予感に小鳥の胸は躍るが・・・・・・いつもの癖で茶化してしまう。この癖がなければ、と思うのは何度目か。
「いや、そんなご大層な物でなくて、お弁当のお礼をしたい、と思いまして」
「お礼してもらう程の大層な物でないですよ。でも明日は暇なのでお誘いは嬉しいな」
幸いにも彼は小鳥の余計な一言に動じなかったが、さすがに次はないと自分に言い聞かせる。
「そうですか。それでは一緒に出掛けませんか?」
「ええ、喜んで」
彼の言葉に頷く。
「では、場所や時間は後でメールします」
「はい、待ってます・・・・・・ふぅ、驚いた」
そう言いながら出て行く彼を見送り、小鳥は胸元から人形を取り出す。
「本当に待っていますからね。プロデューサーさん」
明日の勝負服は大胆に、と思いつつ小鳥は人形を丁寧にしまう。気付けば、窓の外ではお昼休み終了のチャイムが鳴っていた。

学生時代は美味しかったコンビニ弁当、今食べると敗北の味。
虚しくなったが・・・・・・自作のご飯も味に関わらず敗北の味なのに気付いた。