401 名前:[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 20:20:28 id:ZGrZ4Arg0 (PC)
「はい、プロデューサーさん、お餅は二つ入れておきましたよ」
「あ、ありがとうございます、小鳥さん」
書類から顔を上げ、彼はお椀を受け取る。
見回すと事務所に残っている全員がお椀を受け取っている。
未処理の書類は減っていないが、時間だけは過ぎ去っていたらしい。
「ちょうど書類処理で煮詰まっていたので、甘い物はありがたいです」
「そうだと思いました」
嬉しそうにお汁粉を啜る彼にそう答え、近くの机を借り、小鳥も自分のお椀に箸を付ける。
「今年の鏡開きは豪華ですね。栗まで入っている」
「瓶詰めの甘露煮ですけど。でも、お汁粉は小豆から煮たんですよ」
彼にそう答えつつも小鳥は誉められて悪い気はしない。
小鳥の仕事は総務課の主任。会社の規模が大きくなったので、以前と違い、部下もいる。
もっとも仕事量もそれに比例して、激増しているわけだが。
(でも、残業や休日出勤はあまりしていないんだよなぁ)
彼が家に帰る頃にはご飯が出来ているし、休日も週一度は取っている。
それでいて、事務の仕事が滞っている様子はない。
はっきり言って、何処の会社でも欲しがる人材だと彼は思う。
「ああ、小鳥さんの半分でも事務処理の才能があれば・・・・・・」
「プロデューサーさんは事務処理の才能と引き替えに、プロデュースの才能を得たんですよ、きっと」
彼がため息混じりの台詞に小鳥は苦笑しながら答える。
彼女から見れば、彼の才能の方が驚きだ。
今でこそ、何人かは他のプロデューサーが受け持つようになったが、
今までは一人で全てのアイドルを受け持っていた。
しかも受け持っている全員をメジャーにまで押し上げたのだ。
他の事務所で無名の新人がメジャーになれる確率がどれくらいあるだろうか?
確かに社長の人を見る目も凄いが、いくら綺麗でも原石は所詮原石。
磨き方や扱い方を間違えれば、簡単に石ころになってしまう。
「プロデューサーさんは他の事務所からお声掛かりがないんですか?」
ふと気になっていたことを思い切って、小鳥は聞いてみることにする。
事務所で話すことではないし、プライベートのことなので答えてくれないかもしれない。
あるいは不機嫌にさせてしまうかもしれないが、どうしても聞いておきたかった。
「ここだけの話、あるにはあったんですがお断りしましたよ。
 他の事務所がうちほど自由にやらせてくれると思いますか?」
「無理でしょうね。なにしろ、社長のような人がゴロゴロいないでしょうし」
彼の言葉に安心しつつ、小鳥は納得する。
確かに彼ののんびりとしたやり方が他の事務所で認められるとは思えない。
「それに俺がここまで出来たのは、小鳥さんがフォローしてくれたり、相談に乗ってくれているからです。
 他の事務所に行ったら、書類処理に終われて、それだけで毎日が終わる気がします」
「私はたいしたことはしていませんけど、事務処理云々については同意します」
情けなさそうに言う彼に苦笑する。
確かに他の事務所の事務員なら「期限が過ぎています。自分で役所に行って、手続きして下さい」と投げ出されるだろう。
もっとも小鳥が彼の書類をギリギリまで待つ理由は、個人的な好意が大きな割合を占めているのだが。
「うう、小鳥さんの内助の功には心から感謝しています」
内助の功は奥さんに対しての誉め言葉ですよ。あ、もしかして、私を奥さんにしてくれるとか」
冗談めかして言いつつも半ば本気で小鳥は言ってみる。
「小鳥さんみたいによく気が付いて、しっかり者で、美人さんで、家事万能なら、
 俺じゃなくてもお嫁さんにしたいと思いますよ」
「と言うことはプロデューサーさんもお嫁さんにしたいと思っているんですね?」
「あはは、もちろん・・・・・・あ、電話」
小鳥の言葉に答えている最中に彼は電話に出てしまった。久しぶりの手応えに胸を躍らせていた小鳥は頬を膨らませる。
ひょっとすると今年最初で最後のチャンスだったかもしれないのだ。
電話の相手を無意識に呪ってしまう。
「すいません、小鳥さん、すぐに出ます。帰りは六時頃になるかと。お汁粉ご馳走様でした」
そう言うと彼は営業車の鍵を引っ掴み、慌ただしく出て行ってしまった。
「うう、ここ一番で邪魔が入るのは何かの呪い? 厄年はまだまだだし。
 ううん、小鳥、こんなことで諦めたら、駄目よ。
 今年こそは・・・・・・って、誓ったんだから。ふぁいとよ」
そう心に小鳥は誓いなおした。大台までの時間は多いようで少ない。頑張れ、自分、と言い聞かせながら。

小鳥さんの半分でいいから事務処理の才能があれば、お昼はコンビニに頼らずに済むと思うんだ