745 名前:SS[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 15:51:35 id:G1NIlzLR0 (PC)
彼が隣に引っ越してきて約一年、事務員になって約一ヶ月が経ったころ、
トップアイドルとなった千早ちゃん。
765プロ全体でそれを祝う祝賀会が開かれた。
その席で、喜んでいるはずの彼が一瞬、本当に一瞬浮かない顔を浮かべる。
それを私は見逃さなかった。
「プロデューサーさん…どうかしたんですか?」
「えっ?!」
喜び楽しむ声の中での驚きの声。
「浮かない顔されてましたよ?何か訳があるんじゃないんですか?」
「………」
彼は「あー…見つかった」と言いたげな溜息めいた表情をする。
きっと千早ちゃんに関わる事なのだろう、精一杯考えているのだ。
優しいから。
「相談なら乗りますよ…でも、今は祝いましょう。その会なんですから」
事務員の、同僚の範囲で、彼に接する。
「…そうですよね」
「はい。今度、ちゃんと聞きますから。行きましょう」
そうして私達は祝いに乗じた。

後日、忙しさに追われる彼が話がしたいという事で事務所に戻ってくるのを待つ。
待っている間、私は彼の机に座ってしまった。
彼の側は千早ちゃんが独占状態。
触れる時間の少ない私の、数少ない空間すら失われていた。
だから、今だけ。仕事の時間でもないこの瞬間だけ。
触れられない彼に、触れたい私の、私の時間。
彼の椅子、机、ペンなどに触れた。胸が苦しくなる。切ない。切な過ぎて、
このまま泣きながら帰りたい。
「もう…そろそろ…かな」
名残惜しく、立つ。窓の側に移動してそこから彼の車が来るのを待った。
数分もせずに車が通り、事務所に彼が戻ってくる。
「お待たせしました」
「いえ」
お茶くらい作ろうかと思ったけれど、もういいや。
「それで、千早ちゃんが…どうかしたんですか?」
少し驚いたが、彼は話をした。
相談というのは、千早ちゃんが日本でのアイドル活動を引退、海外で更に上を
目指していること。
「俺は、千早について行くべきか、それともあえて、ついて行かないのか…」
行く?誰が?彼が?ドコに?海外に?遠くに?
もう、彼の姿を見ることも、声を聞くこともできなくなる。
深呼吸した。事務員で同僚の答えは残酷で、とってつけたような優しさだった。
私は暗い窓を見ながら、言う。
「ついて、行くべき…です…」
『側に居てぎゅっと離さないで、私だけに向ける顔を見せて、
 貴方を思うこの切ない思いを受け止めて、お願い、好きだと言って』
私が、訴えた。
あの日のように涙が溢れて、頬を濡らす。窓の外はぼやけて見えない。
そうよ、私は千早ちゃんが海外に行って寂しいから泣いているのよ。
だって私は、事務員だから。
「小鳥さん…泣いて…」
泣き顔を、見られた。
ガタッ――
私は、顔を見られないよう走って事務所を出て行く。
「うぅ…あぁぁぁぁ…!」
外の寒さも、事務服を着たままなのも忘れて、声を上げて、泣きながら走る。
「小鳥さん待って!!」
彼が追いかけて来る。待って、貴方は何をしてくれるの?
貴方の優しさはもう、切なさを越えて、苦しみしか与えてくれない。
「だッ―!」
ドサ―

746 名前:SS[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 15:51:58 id:G1NIlzLR0 (PC)
倒れる音がした。
「あ…」
振り向くと、彼が足を滑らせたのだろう、うつ伏せになっていた。
歩み寄ろうとした、足を無理やり止める。
このまま走り去ればいいのに、私は歩み寄ることもここから去る
こともできなかった。
「っつ…小鳥さん」
「何で追いかけてくるんですかっ!」
泣き顔を隠すことも忘れ、言った。
彼は私に歩み寄らず、その場に立ち上がって叫ぶ。
「本当の答えを聞きたかったからです!」
「だから私はっ…言ったじゃないですか」
「じゃあ、どうして泣いてるんです?」
「それは…」
先ほどの涙の訳が、出てこなかった。私は俯く。
足元に、涙が落ちる。
「俺、昨日…千早に告白されました。『好きです』って」
もう想いを伝えているのかと思っていた。顔を上げて、
彼の表情を見ると、切なそうな表情をしている。
「でも千早は、続けてこう言ったんです」
「何と…言ったんです?」
「『でも、私よりももっと好きな人がいます。私はその人の
 何倍もの時間を貴方と過ごしました。敵わないと思ったから。
 私は海外に行って、自分一人でがんばってみようと思います。
 代わりじゃないですが、プロデューサーは その人の側に居てください』って」
その言葉を聞いて私は、膝から崩れ落ちる。
「千早ちゃん…千早…ちゃん…」
冷たい両手で止まらない涙を、拭う。
そしてゆっくりと足音が近づき、
「好きです」
抱きしめられた。彼の温かさを感じた。私は、叫んだ。
「プロデューサーさん。好きです」
彼は、私の涙を拭いキスをする。恋焦がれた、温もりを唇で感じた。
嬉しくて涙が、零れる。私に微笑む彼の表情が、愛しくてまたキスをした。
「帰りましょう」
私は、千早ちゃんの為にも彼と一生幸せになることを誓う。

数週間後、引退ライブを終えた千早ちゃんは、
息つく暇もなく海外へと飛び立った。
引退ライブのお陰で事務所は大忙しで、千早ちゃんと
ろくに話すこともできなく、結局空港で、
「千早ちゃん、ありがとう…」
「小鳥さん、お幸せに…」
それが、私と千早ちゃんの最後の会話だった。
「小鳥さん」
「あ、プロデューサーさん」
ようやく落着いた頃の765プロ事務所。プロデューサーは照れくさそうに、
小さな箱を渡す。
「受け取ってください」

『千早ちゃん、これから幸せな日々が続くよ』
そう伝えたかった。


別に感謝の気持ちでSSを書いたんじゃないんだからっ
反応が良かったから勝手に書いただけなんだから、勘違いしないでよねっ
温かいお茶に浸して食べる煎餅も中々なもんだぜ。粉も飛ばないしな…