386 名前:SS[sage] 投稿日:2008/02/14(木) 22:59:35 ID:0zxaa3XQ0 (PC)
「千早ちゃん、バレンタインだよ、バレンタイン。
 参加しない女の子はよく訓練された女の子だけだよ」
「春香、どんな訓練かしらないけど、私は訓練された覚えはないわ」
そう言って千早は肩を竦める。
「千早ちゃん、冷めてる。担当プロデューサーさんにチョコをあげないの?」
「私はそんな甘い女じゃありません」
春香にそう答え、千早は雑誌に視線を戻す。
「嘘つき、通い妻しているのに」
「ちょっと、春香、変なこと言わないでよ。
 プロデューサーの食生活が酷いから、倒れたら大変だから仕方なく・・・・・・」
「あらぁ、それではその料理雑誌はなんでしょう?」
慌てながら答えていた千早にあずさが嬉しそうにツッコミを入れる。
「こ、これは自己啓発のためです。今のアイドル、料理の一つや二つできないと」
「じゃあ、千早ちゃんはバレンタインにチョコレートを贈らないの?
 『私は甘い女じゃありません』とか言って、ブラックチョコを贈るんじゃないの?」
「断言するわ、誰にもチョコは贈らない。これで納得した、春香?」
「千早ちゃんのプロデューサーさん、楽しみにしていると思うけどなぁ」
せっかく千早の可愛さに萌えようと思っていた春香はため息を付く。
自分が担当のプロデューサーと今ひとつな事の腹癒せではない、はずだ。
「そもそもバレンタインとは色々な説があるけど、色恋とは関係な・・・・・・」
「千早ちゃんのプロデューサーさんの血涙流れるブラッディバレンタインになりそうね」
「あずささん、意外にマニアックですね」
自分の台詞の途中で割り込んだあずさの言葉にため息を付く。
「それほどでもないわよ。あ、春香ちゃん、そろそろ行かないと」
「本当だ。じゃあね、千早ちゃん」
二人を見送った後で千早はため息まじりに今の会話を思い出す。
やってしまった、と頭を抱える。春香の予想通り、ブラックチョコを渡す予定だったのだ。
拘束力のある約束ではないので守る必要はないが、自分の言葉を翻すには千早は純粋すぎた。
自分でもこの頑固さや意地っ張りさが欠点だと分かっていた。
それをこの一大イベントの時に発揮してしまうとは・・・・・・不覚としか言いようがない。
何か道はあるはず、そう考えながら、千早は紅茶を一口啜った。

バレンタインデー、アイドルが担当プロデューサーにチョコを渡す光景が朝から見られた。
「と言うのが一週間前の会話です。ごめんなさい、私が変なこと言っちゃったせいで」
「いや、春香が気にすることないよ」
そんな光景と縁がない千早のプロデューサーに、春香はそう言って頭を下げた。
「それに千早はオフだ。事務所に来ずに体を休めて欲しい」
そう言って彼は春香を納得させ、再び仕事に戻ったがすぐに中止する。
「プロデューサー、暇なので来てしまいました。珈琲をどうぞ」
「どう見ても暇なので来た、と言う感じじゃないが」
制服姿の彼女から愛用のマグカップを受け取り、空いている椅子を彼女に勧める。
「お茶菓子にケーキを持ってきました。バレンタインに合わせ、ガトー・クラシック・オ・ショコラです」
「まだ温かいな。もしかして、千早の手作り?」
「お菓子屋が混むと思いまして、仕方がないので自分で作りました」
ため息混じりに言うが一人暮らしの彼女の家にオーブンはない。実家に戻ったわけでもないだろう。
「学校で焼いたのか?」
「料理研究会がケーキ教室を開いてましたので、時間潰しに参加してみました」
そう言いながら、切り分けたケーキを彼のお皿に入れる。
チョコを渡さないと言ったが、これはケーキだ。自分は何も約束を破っていない。
「プロデューサー、これからもよろしくお願いしますね」
そう言って、千早は彼にケーキを載せたお皿を渡した。
「わざわざ来なくても明日でも良かっただろうに」
「少しでも早く食べてもらいたかったので」
「ありがとう、千早」
そう言って、ケーキにフォークを差し込む彼に千早は微笑む。
このクラシック・オ・ショコラと同じで、飾り気ない自分の気持ち。
何時かそれを伝えますからね、プロデューサー。
そう心の中で思いながら、千早もケーキを口に運んだ。

え、チョコですか? コンビニで買いましたが何か?