439 名前:SS[sage] 投稿日:2008/11/03(月) 18:18:19 id:hlLyEbFF0 (PC)
■子育て(娘・12歳)

「違う!!感情を込めるのと声のボリュームは比例しない!大声を出せば感情が入ってるなんて、
薄っぺらい理屈で歌われたら、歌が可哀想だわ!!やり直し!」

他プロダクションの人から『有望な新人がいるので、是非如月さんに見て欲しい』なんて言われてみたら、
それがわが娘だったなんて……なんだよその漫画みたいな展開は。なんて思ったさ。さっきまでは。
そもそもアイドルを志したわが娘は、765プロダクション関係者から外れた環境に飛び込んだ。
まぁ一般論だけど、親子だと情がうつるからある程度距離を取った方がいいって言われてるし。
能や歌舞伎役者など、わが子に教えて立派に育てる例もあるけど、アイドル界って奴は外野がうるさくて
あまりそういう環境には向いてないらしい。

だいたい、娘が歌のレッスンを始めただけなのに(つまりデビューの話も決まってない)芸能誌には
【元・トップアイドルの娘が芸能界デビュー!親の十四光効果で販売戦略はバッチリ!!】
なーんて見出して載ってたからもううんざりだ。【十四光】ってのは、もしかして俺のプロデューサーとしての
分も含めてそんな事言ってるんだろうか……芸能スポーツ系の見出しを考える人も毎日、大変だよなぁ。

で、765プロに所属なんかしたらそれこそ火に油を注ぐ事になるので、俺達の力を一切貸さずに送り出した。
それでもアイドルになりたいと言ったんだから、父親としてはその夢を応援したい……
そんなわけで、わが娘は普通にオーディションを受けて他社の芸能事務所に所属している。
オーデに受かったのは実力か、それとも【千早の娘】という点を買われてかは知る由も無いけど。

にもかかわらず、千早が自分の娘を指導してるのは、さっきも言ったけど『外部の人からレッスンを頼まれた』から。
よく考えてみれば、千早は俺と結婚して名字が変わったけど芸名『如月千早』で通してるし、字面だけ見ると娘とは別人だ。
しかも、娘のボーカル指導をしてるのはウィーン出身の外国人トレーナーで、日本の芸能界にはあまり詳しくないとか。
そんな偶然が重なって、仕事として『娘を鍛える元・トップアイドル』というこの光景があるわけだ。

「千早ちゃん、容赦ないわね……初代・貴乃花をしごいて鍛えてる初代・若乃花より凄いかも」
「すみません小鳥さん。俺、三代目からしか知らないんで、その表現だと分かりません」
レッスン室を覗き見しながら小鳥さんと話し込むが、彼女の言わんとしてることも何となく分かる。
防音硝子の向こうで、娘が明らかに怯えてるのがよく分かるもんなぁ……
普段家で、寝坊したり部屋を片付けなかったりで千早に怒られるような状況とは桁が違うのだから。

怒号が飛ぶ、とかそれだけならまだいい方だ。
少しでもやる気が見られなかったり、表現を削ったりすると千早は【娘を視界から消す】のだ。
まるで、そんな歌に価値は無い、と言わんばかりに冷たく、ゾッとする目で人を見る。
そして、戸惑う娘に『やりたくないならやめるわ。いつでも言いなさい』と、言い放つ……
これ、何も知らない人が見たら、【虐待】と言われかねないよなぁ。

「プロデューサーさん?辛いならここはあたしが見てますから……」
「いえ、辛くは無いです。なんか安心しました」
「は?」
「確かに娘にはトラウマになるかもしれませんが、これでいいんだと思います。俺が安心したのは
『千早は、やっぱり歌に対して嘘をつかない人間だ』って事が分かったから。たとえ自分の娘が相手でも。
もし、娘だからって情を入れたレッスンなんてしたら……逆に数年後、うちの子は潰れますよ。
確かに芸能界は、コネが重要です。根回しやら不正はしょっちゅうだ!それは業界人だからよく知ってる。
でも、だからこそ手を抜いちゃいけない世界でもあるんです!
小鳥さんは、いくら付き合いがあるからって、売れそうにないアイドルにCDをリリースさせますか?
付き合いはあるけど、未熟な医者に自分の身体の手術を任せようと思いますか?
俺達は、芸の道に生きてるんです。ファンの人たちに喜んでもらうために、歌やダンスを磨くんです。
自分の芸に嘘をつくのはファンを裏切ることであり、絶対にやってはいけない事なんです!!」

440 名前:SS[sage] 投稿日:2008/11/03(月) 18:19:21 id:hlLyEbFF0 (PC)
自分の芸に責任を持つ……それは、昔の亜美真美だって子供ながらもちゃんとしてた。
美希は……最初はかなり苦労したけど、最後はちゃんと分かってくれた。
だから、うちの子にもそれを求める。まだ子供だからとか関係無い。愛してるからこそ容赦しないんだ!
……まぁ、子供にそんな親心を理解しろとは思わないけど、何十年か後に分かってくれたら嬉しい……と思う。
そうこうしてるうちにレッスンの時間は終わり、外人トレーナーの人は千早の迫力に怯えながらも礼を言い、
今にも倒れそうなわが娘を連れて、事務所へと帰っていった。

「…はい、どうぞプロデューサーさん」
気が付けば、周りには美味しそうな珈琲の香り。いつの間にか小鳥さんが淹れてくれたんだろう。
トレイには二つのカップが並んでいて、小鳥さんはすでに自分のを飲んでいる。
つまりは、千早に持って行ってやれという意味なんだろう。
「では、ご休憩は二時間ですから。ごゆっくりどうぞー♪」

なんかセクハラとも取れる台詞を残して、小鳥さんはオフィスへと仕事に戻っていった。
千早も慣れないボーカル指導で疲れてるだろうし、ここはやさしく声でもかけてあげないと……
「千早、お疲れ。とりあえず小鳥さんの珈琲飲んで、落ち着いて……」
ふらついた足取りでこっちに向かう千早だが、俺の1メートル手前でバランスを崩し、俺の胸に顔がぶつかった。
「おい千早?大丈夫……」
「あなた……っ……うぁ……ひっ……うっ……うああぁぁぁぁあぁ……」

大丈夫なわけ無いだろうさ、こんな状況!
トレーナーさんと我が子の気配が完全に消えるまで、気丈に振舞っていたんだろうが、
あんな鬼みたいなレッスンを実の娘にして、辛くないわけが無いよなぁ……
「あの子……絶対泣いてます!昔の私みたいに、親に愛されて無いと思ってるかもっ……プロデューサーは……
あなたは、昔こんな気持ちでわたしをレッスンで鍛えてくれていたんですか?
わたし、毎日こんなのとても耐えられません!辛すぎますっ……うぁ……あぁぁっ……」
「千早……よく耐えた!よく頑張った!!最後まで歌に嘘をつかなかった千早は、立派だよ。
あの子も将来、きっとわかってくれるさ。後で俺がちゃんと言っておく。心配するな!」

それがプロデューサーというものの仕事だもんな。
こんなに辛い思いをしてまで、芸の道というものを教えた千早の仕事に、次は俺が応えないと。
「……」
珈琲のカフェインも、レッスンと泣き疲れで倒れるように寝てしまった千早の前には、無力だった。
お互いもういい歳なのに、背中におぶった千早の感触は、まだまだ少女のようで……
親として生きるって、本気で大変だよな。自分だけなら努力も出来るし、結果がだめでも自分の責任で済む。
でも、自分の子供というのはあくまで独立した個の存在だ。アドバイスは出来ても直接介入は出来ない。
そして、子供が泣いていても、基本見ていることしか出来ない。それがものすごく辛い。
本気で、出来るならば代わってあげたいと何度も思う。
【木の上で、立って見守る】と書いて親という漢字になるが、昔の人は的確な表現するよな。

気楽な独身時代より、明らかに辛くて疲れる。なのに、めちゃくちゃ幸せって……なんだろうな?この感覚。
物理的な観点だけで言えば、今俺の背中に感じるのは、41キロの重りだ。
でも、ここにいるのは俺が生涯を懸けて添い遂げると誓った女の子。そう考えると、重みが幸せになる。
だから人間は家族を作るのだろう。
……なんて、ガラにもない事を考えながら、今日は早めに上がって我が子を慰めてあげよう、と思い、
千早を仮眠室に寝かせてオフィスに戻ると……長いこと休憩してたツケとして、書類の山が待ち構えていた。


※もしも千早が娘にレッスンするなら……きっと愛するゆえに滅茶苦茶厳しいんだろうな、と思って書いた。
厳密に年代を考えると、亜美真美さえ物心つく頃は三代目若乃花引退してる矛盾はスルーでお願いします。
小鳥さん?北の湖どころか大鵬だってよく知ってるに決まってます!