841 名前:[sage] 投稿日:2007/12/08(土) 22:48:10 ID:4jB3Me8n0 (PC)
「カレ〜カレ〜カレ〜ライス〜♪ プロデューサーさん、もう少しですよ」
「いい匂いがしてきましたね」
リビングにまで漂ってきた香りに彼は台所をのぞき込む。
「間もなく小鳥特製カレーの完成ですよ。そこのお皿を持って行って下さい」
「はい。楽しみですね」
焦げ付かせないように鍋をかき混ぜる手を止めずに小鳥はお皿とスプーンを取り出す。
最後に味を確認するが大丈夫。辛さも予想を超えていない。
「は〜い、完成です。ご飯を多めに盛っておきました」
「あ、ありがとうございます」
彼は大盛りの皿を受け取り、手を合わせる。小鳥も手を合わせ、先に付け合わせのサラダに手を付ける。
少し喉が渇いたのでレタスの水分がありがたい。
「これは美味しいですね。さすが朝から作っていたことはあります」
「あはは、ありがとうございます。やはり食べてくれる人がいると気合いが入りますね」
彼の言葉に小鳥は微笑む。食べてくれる人が好意を寄せている相手なら、一層やる気がわく。
「忙しい時は日曜日に大量に作って、月曜日の晩に食べるようにしています。一週間食べ続けたこともあったなぁ」
「それ、腐っていませんでしたか?」
「毎朝温め直していましたから。最後はちょっと酸味がありましたけど」
小鳥の言葉に彼は、それは腐りかけでは? と思ったが黙っておく。
「それにしても美味しいですね。秘訣が何かあるんですか?」
「大量に作ること、色々と入れてみることですね。私も毎回適当に入れていますから、同じ味は再現できません」
決算前に一週間持たせようとした時は、カレールーを三箱使った。
「と言うことは今回の味も・・・・・・」
「ええ、同じ味は二度と出せないかと」
小鳥はそう答え、今回入れた物とその量を思い出すが・・・・・・入れた物はともかく、入れた量は曖昧だ。
「中学生の頃に親に晩ご飯を作らされたことがあって。
 きっと母は家事を学ばせようと思ったのでしょうけど、当時の私は料理に興味がなくって」
言いながら小鳥は苦笑する。あの頃は芸能関係の会社に勤めるとは思わなかったし、デビューするとも思ってなかった。
「適当に野菜を切って・・・・・・でもレシピ通りに作るのは嫌で適当に色々入れたんですけど・・・・・・」
「どうなったんです?」
「それがびっくりするほど美味しいのが出来て。父と母も驚いていました。私が一番驚きましたけど」
そう、あの味は正に神が降臨したとしか思えない味だった。
「それからは料理に興味を持って、いつの間にか人前に出せる料理を作れるようになっていました」
そう、今なら母親に感謝できる。もっとも、その母には食べさせる人もいないのに料理だけは・・・・・・と言われているが。
(食べさせたい人も食べてくれる人も出来たわよ、お母さん)
「へぇ、そのカレーを食べてみたいですね」
「私もそう思っているんですけど・・・・・・」
彼にそう答えため息をつく。
「作ろうと思うと出来ないんですよ。あの時と同じ材料で色々と試したんですけど。
 インスタント珈琲の量を増やしすぎた時は、悲惨な味になったっけ」
「それは悲惨そうですね」
カレーに隠れきれなかった珈琲の苦み。言い表せる物ではない。
皮肉なことに嫌々作ったカレーが、小鳥の作ったカレーで一番美味しいカレーになったままだ。
「あの味を再現するのに後何年かかるか分かりません」
「でも、このカレーでも十分美味しいのに、それを上回るんですから楽しみですね。俺は何時までも待っていますよ」
「お爺ちゃんになっちゃうかも知れませんよ♪」
「全然大丈夫。問題無しです」
「じゃあ、楽しみに待っていて下さい。あ、でも奥さんがいたら、誤解されちゃうかな♪」
「大丈夫です。独身ですから、おそらく」
からかう小鳥に彼は笑顔で答える。それはそれで困ると思う小鳥の想いに、彼は気付いただろうか?
「その時は私が責任を取って、お婿さんにもらってあげますよ♪」
「あ、本当ですね? 俺、期待しちゃいますよ。あ、お代わりいただけますか?」
そう言って差し出された彼のお皿を受け取り、小鳥はご飯を入れる。
「じゃあ、約束ですからね。忘れないで下さいよ。はい、どうぞ」
「ええ、小鳥さんこそ忘れないで下さいよ」
そう言って皿を受け取る彼を見ながら、小鳥は思う。
約束しましたからね。私、本当に信じていますからね、と。

晩ご飯に二日分のカレーを作りながら妄想した。
虚しくなったが・・・・・・コンビニ弁当カレーよりも美味しくて幸せになれた。